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ポテトスープが大好きな猫

c0038170_22253541.jpg本屋でぶらぶらと立ち読みをしていたらふと目に飛び込んできたタイトルとなんともいえないのどかなイラストに引き寄せられるように手にしたのがこの絵本でした。

村上春樹さんが訳しています。

一人暮らしのおじいさんと赤毛の猫のお話。二人はお互い気にもとめないそぶりをしながら毎日くらしているのですが、ある日ふとしたことが切っ掛けで猫が姿を消してしまいます。猫も大好物だったポテトスープを作りながら、猫のいない家に得意の釣りでとってきた魚をゆうゆうと持ち帰るのですが。。

消えた猫を探すも一向に戻らないまま。おじいさんは心にぽっかりとしたカラのようなものを感じているようなのですが、それはお話を最後まで読むとじんわり満たされる結末。素敵な温かいお話です。

私は猫という生き物が大好き。村上春樹さんも猫がとてもお好きでふと立ち寄ったブックショップに置いてあったこの本を手に取り、すぐに翻訳しようと決めたそうです。

それにポテトスープって言葉もとろりとあたたかくてコックリいろんな味が混ざり合ったような響き。それが大好物な猫なんて、いったいどんなコなんだろ?いろんなことがこの本を目にした一瞬で思い浮かんだ訳です。

短い絵本です。私はこれを見つけた本屋で松浦弥太郎さんのくちぶえサンドイッチも買った訳ですが、店の外へ出ると8月の暑い夏空が広がっていました。店先に置いてあるベンチでさっそく買ったばかりの本を読みふける。ふと通りに目をやるとそこは暑さに飛ぶような白。ああ、またこの夏が私に訪れた、って強く胸に轟くような嬉しくて哀しい想いがひとときに押し寄せてきました。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-31 22:51 | お気に入りの本 | Comments(0)

この二誌がおもしろい

美術手帖芸術新潮

この二誌がいやに面白くすっかりハマっています。

というのも私がしょっちゅう借りに出かける図書館は新設されたばかりで本はすべて新品。蔵書もとても充実していて、読んでいてすこぶる気分がいい。
そんな図書館でいつもは借りないジャンルのものを探してみようと何気なく手に取ったのがこれら。

新潮の横尾忠則特集ではあのタダモノでない作品を読み解くヒントがすごろく形式でのっていたりパリの骨董特集ではアフリカの骨董に初めて触れ、BTの蜷川実花さん特集では作品のもつ退廃的なあでやかさがどこから来ているのかちょっとかいま見れたし、今月号のアウトローの美学も面白そう!

美大生でもなんでもなく、まして美術にちっとも詳しくない私がこんなに魅かれて楽しめる。
良い内容を毎号工夫して作っているんだろうな、と感心しきり。
バックナンバーで興味がありそうなものを引っ張り出してはあれこれ借りている最中です。

それにしてもなんで今まで読まなかったのかなあ、と。喰わず嫌いだったのかな。うん。たぶんそうだ。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-30 23:44 | お気に入りの本 | Comments(0)

一番に

これから出版するかもしれない原稿を、誰よりも早く読ませていただくという光栄を今日預かりました。内容はマクロビオティックに関することなのですが、これから出版社へ話を持っていくところです、という出来立ての原稿。

文章を作ることは愉しさもあるけれど大変さも同じくらいあるもの。
突き放して読んで書き直してまた突き放して読んで書き直す。
推敲に推敲を重ねて研いで研いで磨きまくって、良いものが生まれると私は思うしそうしてる。

私は文章においてしか知らないけれど他はどうなのかな?

うんと前に友人が、クリント・イーストウッドの撮影スタイルは独特だよ、彼はリテイクなしでパッパととっていってしまうんだ。すごく早いし無駄がなくやりやすいよ、と教えてくれた。イーストウッド監督が憶い描いているものとちがうモノが撮影中に生まれたとしても、その時のタイミングに生まれた表現ということなのかな?だから気にせず撮り続けていくのだろうか?と思ったりもして。

今日みせてもらった原稿はその人のベイビーなんだと思う。魂がこもった自分の血肉を分けた分身みたいなもの。うまく出版にこぎつけるといいなと思いました。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-30 21:59 | 湘南&東 日々のこと | Comments(0)

ラテアート、いいね。

いつものbear pond espressoへ朝からコーヒー。

今日は久しぶりにラテを頼みました。乳製品をとると体調が良くなくなるので今はほとんど飲みませんが、bear pondのコーヒーは気分良く一日を過ごす大事な一杯。
いつも愉しく美味しく頂けるので、実は大好きなラテは時々あげる自分への小さなご褒美です。

月曜に寄った時、ラテアートの世界チャンプが次の金曜日にくるんだってお話しされていたのを覚えていて、今日飲みにいったついでに聞いてみたら「あいつならしょっちゅう来てるよ〜」ですと。それに昨夜キムタクが出ているCMにその世界チャンプらしき方が出ていることも話したらやっぱり澤田さんでした。

ラテアート世界チャンピオンは澤田洋史さんという方で、そういえばお店で見かけたよね。。うん。
本も出されたとのことで、お店で見せてもらったら、ラテでこんなに遊べるなんて!と目から鱗でした。ピッチャーからカップへミルクを注ぎながら手元をうまく動かし絵を描いていくのです。フリーポアという言葉も今日初めて知りました。
フリースタイルならぬ、フリーポア。納得です。
私も4年バリスタしてましたが、ラテアートに目覚めることはなかったなあ。こういう愉しい飲み物は大好きなカフェで美味しく作ってもらえたらそれでいいかな。

bear pondのオーナーさんは自分たちの作るラテアートはイタリアのバルで飲めるような正統派のラテアートとは違うって。あちらがきちんとしたコートにオペラならこっちはTシャツにジーンズのMTVだって。笑っちゃったけど、ホントだな。私もカフェでお澄ましして飲むより、カップ片手に立ち飲みでおしゃべりしながらの方が相に合ってる。だからこの店好きなんだろうな。

ラテアートがスポーツみたいに愉しいものなんて知らなかったし、それになんてドキドキするんだろう!きっともっとこれからバリスタ志願者さんたちが増えていくことだよね。

そんな第一線の方達が集まるお店に飲みに来られて、私すごくラッキーだ!
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by pieces_Yoshino | 2009-08-29 23:07 | 湘南&東 日々のこと | Comments(0)

プールと里芋まんじゅうのうさぎ

夏休みの思い出作りのために姪を連れてプールへ。
先週も連れて行ってやったのですが、相当愉しかったらしくまた出かけました。
私が彼女と同じくらいの時は、やっぱり毎日プールへ連れて行ってもらい、身体の芯から黒くなってました。

それでももう処暑もすぎ、あたりは秋の気配です。水につかると身体が慣れるせいかあまり気になりませんが、プールサイドを歩くと肌寒さを覚えます。子供はそんなことおかまいなしですけど。

姪は私と会うときはお菓子を作ろうとねだります。自分の手でなにか素敵で愉しく美味しいものが出来上がるのが、大人っぽいのか、とても喜ぶのです。私も小さな頃から子供向けの料理本に夢中になってお料理したりお菓子作りをしていたので彼女の気持ちがよくわかります。

今日は今月号の月刊「マクロビオティク」野口結加先生のお菓子を一緒に作りました。
蒸してつぶし、白みそとアーモンドパウダーを混ぜた里芋が餡玉です。それを地粉と菜種油、甘酒でこねて作った薄皮でくるみ、スライスアーモンドをウサギの耳にみたてて挿し、目鼻をつついて作り、オーブンでうっすら色付くまで焼いて完成。姪も母も面白がって作ってくれました。

出来上がりは、へんてこな愛らしさがほのぼのしたうさぎが八羽。お味は和菓子、ではなく総菜?甘みといえば白みそと甘酒のそれ。なんとなくしょっぱさが勝つおまんじゅうは「素朴」がぴったりする、家でつくるおやつでした。

子供の溌剌さは、どんなことも吹き飛ばしてしまう不思議なエネルギーがあります。こんなに小さな人たちからもいろいろなことを教えてもらえるのだから、生きることは毎日勉強というのは真理の一つなのかな。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-27 20:31 | 湘南&東 日々のこと | Comments(0)

ほらね

旧約聖書を読むと、神様は何度も何度も人をお試しになられている。のど元過ぎれば熱さ忘れる。
疑うことなく、私を信じなさい。だから何度も神様は人をお試しになり、彼らの信心を根気づよく呼び覚ます。

昨日開いた本のしおりに山尾三省さんの本の復刻版の予告が載っていた。
彼は私のとても大好きな詩人。

三省さんが2001年にこの世を去ってもう8年が経つ。彼が生前お茶の水でポエトリーリーディングをしたときに一度お目にかかり、三省さんの詠む「火を熾しなさい」という詩を聴いて、体がゆるゆるととろけるように心地よかった。訥々と詠む小柄な三省さんは木彫りのお地蔵様みたいに優しくて、眠る前に聞く昔話のような「また明日」。それ以来三省さんは、私にとってのセコイア杉みたいな存在。

三省さんの命日は8月28日。彼は最後は屋久島の白川村に家族と穏やかに暮らしていた。ゲイリーとの共著や屋久島での暮らしを綴った本を読むにつけ、いつか屋久島に暮らす三省さんを訪なってみたいと淡く望んでみたけれど今は叶わない夢になった。

一昨日話した人が、友人と会った話をしてくれて、その友人は少し前に屋久島へ旅行へ行っていたと言った。そして今日とった電話の向こうで初めて話すその人は屋久島に暮らしていると教えてくれ。。

近頃私はすっかり忘れていた。神様はいつもこうやってご用意してくださっていることを。
私たちはそれに気づけばいいだけなのに、自分のことばかりにかまけ、優しく根気づよく指し示して下さるそのサインさえ、気づかないまま。

何度も何度も「案ずるな」とお示し下さる。

目をつぶり疑り深く首を振るのは私のほうだ。

こんなに簡単なこともあっというまに忘れてしまうのだから、神様のお言葉がなかなか人に届かないのも無理はないのかな。

遠くないうちに屋久島へ訪れます。私自身との約束。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-18 22:10 | 湘南&東 日々のこと | Comments(0)

私はそれを知っていたけれど気づきたくなかった

汚れっちまって。そう、どうにもならないくらい。

純であれたらいいけれど、もう、どうにもならない。

嘘っぱちなの知ってる。ナニモノにも代え難いものがあることも。

周りの誰も見えないけれど、私には見えるある光。

この光の差す先は何だろう。

逢うたびに心洗われる人がいて、彼女の瞳はまるで優しい馬の仔のそれ。

私もああなれたらいいなあ、と思うのに、それでも意固地な自分はまるで日干しレンガの壁みたいにカチカチの鎧着てるよ。重くてこんなもの要らなくて付けているだけで泣きたくなるのに、もうずっと外せないまま。

鎧を外して、心の真ん中であるがままを受けたい。けれど、人の気持ちのその中が揺らぎが見えてしまうよ、あるがままを見るにはあまりに私は汚れてしまった。

あるがままを受け入れることは、傷つくこと。あるがままを見ることはこの世を嫌悪すること。

それさえも受け入れて、あるがままと共に生きていくことが人の役目なのかもしれない。

怖いな。とてつもなく大きな迷路。
「これは実に単純でそして宇宙一複雑な迷路です」
日干しレンガの鎧しょって、宇宙一複雑な迷路は、勘弁!

ねえ、この迷路を知らずに笑いながら死んでいける人は本当に幸いなの、分っているのかなあ。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-17 21:32 | 言葉 | Comments(0)

地図のない旅

願わない日はない。

望まない日はない。

どうしてこういつまでたっても私。私はあなたで彼らで私たちなのに。

真理は一つと教えてくださった。

迷ったときは真理を見つめればいい。

調和も光も中庸も神もみな真理。唯一無二の真なるもの。愛もそう。

ブレそうになったとき、それを思い出すのだろうね。迷いのないその言葉。

ブレそうになる自分、ブレていないと感じる自分。ブレていることに気づいていない自分。ブレていることを楽しんでいる自分。

世界が合わせ鏡の中のように永遠に続く。そしてどれ一つとして同じ世界などない過去現在未来。

どこにも「自己」はいて、アリスみたいに駆け抜けていくか、鏡一つ一つに完結して生きていくか。

本当のことを知るのはきっと誰にも頼れない地図のない旅。

方位磁石の代わりに、頼るは小さいながらもピカピカ光る私の中の直感。それを人は本能と呼ぶのかしらね。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-15 21:52 | 言葉 | Comments(0)

露草

露草を挿した小瓶は朝の瑞々しさの残り。

小さいながらもきっぱりとした藍は昼の暑さにしぼんで、今にも消えそうだ。柳型の葉だけはピリリ濃い緑を残す。

天からどさりと落ちてくる熱気に走り出したくなる。訳もなく急いて胸騒ぎ、それは何かか生まれる予兆。産み落とすその瞬間、そわそわと落ち着きのない動物の母のように駆け出す憶い。

切り裂いていくよ。この透明で重たく熱をもったゼリー。西の空の橙。天上の蒼。

いらっしているよこの時間なら。遠く近くもう次の世界へと住まう大切なあなた達をお迎えして、対話する。いつもよりもっと近く顔を寄せるように話せるその近さで。

行き来する私たち。二次元でないと話し合ったばかりの死と生を、暑さで味わう明日の我が身。

今日生きていることは万人にとっての奇跡。明日の死も日常を作り繰り返し生み出すごく当たり前の奇跡。

露草は明日も咲く。私は一日挿して愉しみくたびれた彼女たちのかわりに、その鮮やかな藍のひとときを楽しんでいる新しい彼らを摘んで愉しむ。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-13 23:32 | 言葉 | Comments(0)

夜に

姪と散歩。

7歳の小学一年生と、学校のああでもない話や、夏のこうでもない出来事の話なんかする。

夜の9時。

私の7歳の時はこんなに世界が見えてなかったような気がする。

私の7歳のときもやっぱり神様がとても近くにいたような気がする。

私が7歳の時はありえないくらいはしゃいだ夏の朝。異常な早起き。縁側で雨戸の開くのを待ってたミケ。緊張する祖父母宅へのお泊まり。茹でたトウモロコシにひいやり素麺。すだれは今も昔も真昼に下げて、みんなで昼寝。夕食後の花火。タオルケットをかけて眠る、冷房のそよそよと効いた部屋。

姪が過ごす夏に私という思い出が加わって、何十年後、また色とりどりの記憶とともに彼女がこの夏を思い出すんだ。
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by pieces_Yoshino | 2009-08-12 21:44 | 湘南&東 日々のこと | Comments(0)

湘南・寒川町で旬の地場野菜を使った精進弁当「黒猫」を営んでいます。お届けしている精進弁当情報 や、店主の日々あれこれを載せています。「想い、言葉、行為」をたいせつに。人が生きる本当の道は、真理を知る事。お志事を通して社会や人類のお役に立たせて頂きたいと切に願っています。大好物は、笑顔!


by 黒猫:Yoshino_FUJISAWA
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