ケープコッドの潮風

”英語と日本語とでは言葉の響きが異なるばかりか、言葉が抱える実体も異なるでしょうから、私の言葉が、私が皆さんに言わんとするところがどのように響くのか、知る事が出来ればと思います。”

私へのアンサーが書いてありました。

ぐうぜん図書館で手にした本のタイトルは「ケープコッドの潮風〜あるナチュラリストのケープコッド」。著書の、ネイチャーライターであるロバート・フィンチ氏が日本語版序文に寄せた言葉の中にそれはありました。

世界は淡く、淡く混じり合っている。神様の指先で、この世に見える現象も、見えないものも、くるくると絵の具を混ぜ合わせるように、美しい色合いを醸すように混ぜられ存在している。

ある日、ハッとして受け取ったそんな閃きが、気になっていました。

”地上の何百万という種が、形態や行動が異なってもディオキシリボ核酸分子という共通の遺伝子を共有しているように、国家は、文化や言語が異なってはいても、共に自然界に全面的に依存し、そこから喜びを得ているのです。オークを日本語に訳する必要も、鶴を英語に訳する必要もないのです。〜”本文序文より。

OakはOakであって、日本での便宜上の訳語には、”Oak”という言葉が醸す厚みや背景、それを母語としている人が抱くメッセージはきっと表せないように、鶴、ということばもほかの国の言葉で、同じ種の動物の名称はあるにせよ、私たちがその言葉を口にしたときに抱く”何か”はやはり私たちにしか言い得ないもの。

あるがままで在ることへの敬意とそれを受け入れることの寛容さ。そしてその困難さ。それでも、近しく接している薄紙のような部分を重ねて重ねて重ねて、私たちはお互いを理解していくのかな。一人ひとりが抱える実体は異なるけれど、醸す何かを感じ取って、響き合うように出来ているんだな。それは、人に対してだけでなく、動植物や物事、この世界で目に見えるものだけでなく見えないものに対しても。

世界が美しいと感じる一瞬です。
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by pieces_Yoshino | 2015-02-23 10:24 | books | Comments(0)

湘南・寒川町で旬の地場野菜を使った精進弁当「黒猫」を営んでいます。お届けしている精進弁当情報 や、店主の日々あれこれを載せています。「想い、言葉、行為」をたいせつに。人が生きる本当の道は、真理を知る事。お志事を通して社会や人類のお役に立たせて頂きたいと切に願っています。大好物は、笑顔!


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